知財研フォーラム 2012 Summer Vol.90(2012年8月発刊)

フォーラム89号
 本号では、「標準必須特許の在り方を問う」と題した特集を組んでおります。近年、情報通信分野に絡む訴訟をはじめとして、標準規格における必須特許(標準必須特許)が関わる事件が注目されています。このような標準必須特許の侵害を理由として、特許権者が差止請求権を行使する場合、標準規格に準拠した事業を行う者は著しく不利な立場となり、その者の経営だけでなく当該標準規格の普及そのものにも悪影響を及ぼす虞があります。
 そのような背景の下、一定の場合に差止請求権の行使が制限されるべきであるという見解が登場するに至っているが、差止請求権の行使の制限に対しては、それを必要とする見解と慎重な見解が相半ば対立する状況といえます。
 本特集は、昨年度弊所で行われた「標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究」の結果をベースにそのエッセンスを抽出、発展させ、知財関係者間での議論を深めるきっかけとなることを意図して企画したものです。
Contents
巻頭言
宮内 弘 (Hiroshi Miyauchi) 〔株式会社 東芝 知的財産部長〕
【特集】標準必須特許の在り方を問う
3 標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究の概要
  清水 将寛 (Masahiro Shimizu) 
〔元知的財産研究所 研究員(キヤノン株式会社 知的財産法務本部)〕
  内田 剛 (Tsuyoshi Uchida) 
〔知的財産研究所 研究員〕
近時、標準規格必須特許を巡っては、特許管理会社のような不実施事業者(NPE)による訴訟や、事業実施会社が事業撤退後に訴訟を起こす等、我が国においてもいくつか訴訟が起こっている。このような状況を踏まえ、昨年度知的財産研究所では、「標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究」を実施した。本稿は、同調査研究の事務局としての立場から標準規格必須特許の権利行使に関する調査研究を行う上での国内ニーズ、 国内での標準規格必須特許を巡る訴訟事例及び調査研究委員会における標準規格必須特許の権利行使に関する議論の概要を紹介するものである。
11 標準規格をめぐる競争政策と産業政策
 
小塚 荘一郎 (Souichirou Kozuka) 
〔学習院大学法学部 教授〕
標準規格に関する各国の政策には、標準規格の設定によって市場を改革し、消費者の利益を実現しようとする「競争政策としての標準化政策」と、標準化活動を通じて自国の企業が競争力を高めることを目的とする「産業政策としての標準化政策」とがある。日本は、どちらの方向に向かうべきかが、まだ定まっていない状態にある。本稿では、標準必須特許の問題を考える前提として、これらの政策的な問題を検討している。
18 標準化と特許権 ― RAND条項による対策の法的課題 ―
  田村 善之 (Yoshiyuki Tamura)
 〔北海道大学大学院法学研究科 教授〕
標準化の活動機関が用いるRAND条項は、アウトサイダーに対する有効な対策たりえないという限界はあるが、標準化活動に参加した特許権者からの権利行使に対しては、迅速な紛争解決のために機能することが期待される。しかし、そのためにはクリアーを要するハードルも少なくない。本稿は、そのなかから準拠法、第三者のためにする契約、特許権の譲受人に対する対抗の可否を取り上げて、RAND条項が直面している課題を明らかにする。
27 標準技術に必須な特許権の行使における差止請求権の制限可能性
― 理論的帰結と実務的課題への対応可能性 ―
 
平嶋 竜太 (Ryuta Hirashima)
 〔筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業法学専攻 教授〕
本稿は、技術標準に関連する特許権のうち、とりわけ標準技術の中心として他技術との代替可能性が極めて低い、いわゆる必須標準技術に係る特許権を巡る差止請求権の行使制限の可能性を焦点として考察するものである。具体的には、差止請求権の行使制限を行うことの可能性について理論的観点からの検討を行い、その帰結として、差止請求権の制限が理論的に可能であるとした場合、どのような法的根拠によるのか、また具体的にはどのようなimplementationが可能であるのかという点について検討を行った。
38 情報通信技術の標準化過程における特許権行使の濫用
 
林 秀弥 (Shuya Hayashi)
 〔名古屋大学大学院法学研究科 准教授〕
独占禁止法は、独占に伴う弊害を防止、除去し、競争的な経済環境の創出・維持を目指すものである。他方、知的財産権制度は、情報の独占を許容することにより、情報創作者の利益を保護し、それによって、発明や創作に対するインセンティブを高め、産業の発展を促すものである。競争環境の整備も、また、発明等の創作の保護も、ともに国民経済の発展を目的としている。このことから、両者は車の両輪と例えられ、基本的に同一の方向を向いているかのように言われている。しかし、現実には両者の方向性は同一でない場合も多く、両者の間に矛盾抵触が生じることもある。このような場合に、両者をどのように調整していくのか、が問題となる。これは例えば、知的財産権の行使に対し、独禁法違反を抗弁として主張し、かかる権利行使を制限することは可能か、という問題として、先鋭的に現れている。ところで、我が国の独占禁止法は、「著作権法、特許法、実用新案法、意匠法又は商標法による権利の行使と認められる行為にはこれを適用しない」としている(独占禁止法21条)。この規定を文字通り読めば、個々の問題について、知的財産法上の要件を満たしていれば、当該権利行使が濫用的とされれば格別、そうでない限り、「正当な権利行使」となり、 独占禁止法の適用は除外されるようにも見える。過去、この規定をめぐっては様々な解釈が試みられているが、独占禁止法と知的財産制度の価値原理の調整は難しい問題であり、解決の糸口を見出すのは必ずしも容易ではない。本稿では、近時、特許権を悪用した不当な独占的地位の形成・維持・強化を規制しようとしている米国・EUにおいて、とりわけ、情報通信技術にからむ多くの事件で、標準設定に伴う特許権の不当な行使が問題となっていることにかんがみ、米国法を主に手がかりとして、情報通信技術、なかんずく特許権と競争法(独占禁止法)の関係について考察した。
50 標準化団体の運営に関する諸問題
 
佐藤 孝平 (Kohei Sato)
 〔一般社団法人電波産業会 常務理事〕
本章では、一般社団法人電波産業会(ARIB)を例にあげ、標準化団体の活動と運営の概要並びに標準規格に係る知的財産権の方針と宣言のプロセスを説明するとともに、標準化団体の運営に関する諸問題についても言及している。
54 標準規格にかかる必須特許の権利行使の在り方についての考察
 
長岡 貞男 (Sadao Nagaoka)
 〔一橋大学イノベーション研究センター 教授〕
標準規格にかかる「必須特許」による差止請求訴訟が近年世界的に多く見られるようになっている。本稿では、その問題の背景を分析し、また差止請求権の基本的役割を明確にした上で、技術標準の必須特許による差止請求権がもたらす問題点を分析する。今後の方向として、RAND条件によるライセンスの徹底、特に裁判所は、特許権者がRAND条件によるライセンスをオファーしているかどうかを判断し、それに応じて差止請求を認容するかどうかの判断を行うことが必要となることを指摘する。
【寄稿・連載】
61 新しいタイプの商標が商標制度に投げかけた課題
 
小林 徹 (Toru Kobayashi) 〔特許庁 知的財産研究官〕
新しいタイプの商標は、その発信方法のユニークさや標章自体の内容の豊かさ故に、グローバル市場において、訴求力の高いブランド戦略に貢献している。他方、その特性故に、基本的には文字、図形などの伝統的商標を前提とした現行商標法の保護対象とするには、識別力や独占適応性の問題、特定の問題、類否判断の問題などについて議論を深め、これらの標章が「商標」と して適切に保護されるような制度設計の検討を行う必要がある。
68 電子出版 ― 出版者及び公共図書館の観点から ―
 
小島 立 (Ryu Kojima) 
〔九州大学大学院法学研究院 准教授〕
電子出版においては、紙媒体の書籍と異なり、コンテンツが「配信」されるため、流通形態に大きな変化が生じることが予想される。また、国立国会図書館を中心に、公共図書館における書籍 のデジタル化が進行している。公共図書館による電子書籍の配信が進展すれば、読者の獲得をめぐる出版業界と公共図書館の「競争」が激しくなることが考えられる。本稿では、出版者と公共 図書館の観点から、電子出版について検討を行う。
83 海外知的財産プロデューサー支援事業の経験から見える中小企業知的財産活用の実態
 
茂木 裕之 (Hiroyuki Mogi)  〔独立行政法人 工業所有権情報・研修館 海外知的財産プロデューサー〕
独立行政法人 工業所有権情報・研修館が、昨年から開始した海外知的財産プロデューサー事業の中で、中小企業等の海外進出を支援した経験から見えてくる、中小企業等の海外進出の実態、 中小企業等の知的財産の意識度、海外へ進出するリスクの認識度、中小企業等の知的財産生成、活用等を企業人としての目線と現場感覚で論じた。
89 連邦資金による研究から生じた発明の取り扱い
― Stanford v. Roche 事件米国連邦最高裁判決の解説及び評釈 ―
 
三原 健治 (Kenji Mihara)  〔特許庁特許審査第三部生命工学 審査官〕
2011 年6 月6 日、米国連邦最高裁は連邦政府資金を使った特許の発明の帰属がバイドール法の下でどう取り扱われるのかについての判決を下した。本件はまた、発明の権利に関して、譲渡人と譲受人との契約の際に同意書等の記載の見直しを促す重要な判決である。本稿ではこの判決の内容を紹介するとともに、契約書の内容、将来発生する権利に関する契約のあり方、バイドー ル法の解釈及び日本法への示唆について評釈するものである。
101 中国の法改正・判例紹介⑧
意匠権失効後の商品意匠保護に関する探究
― 中韓晨光公司と微亜達製筆公司など三社との不正競争事件 ―
 
林達劉グループ〔北京林達劉知識産権研究所/北京魏啓学法律事務所〕
 魏啓学(Chixue Wei) 〔中国弁護士・弁理士〕
 陳傑(Sai Chen)〔中国弁護士〕
 呉秀霜(Xiushuang Wu)〔研究員〕
   106 第73回ワシントン便り
  諸岡 健一 (Kenichi Morooka) 〔(一財)知的財産研究所 ワシントン事務所 所長〕
   知財研NEWS

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